2011年9月25日日曜日
2011年9月24日土曜日
水島温夫「技術者力を鍛える」読みました
著者の「ニ」族、「ヲ」族のコンセプトは以前はいまいちと感じていたのですが、翻って自主独立と互譲互助の綱引きの程度の違いと考えればいいのかなと思いました。
「開発は社内技術のハメコミ」のところの、ジグソーパズルの比喩がすばらしかったです。顧客要求には技術の「溜り」を、つまりピースをたくさん持つこと、次にピースを「溜り」から取り出すスピードを上げること、ポイントとして、「溜り」に顧客価値から見たタグを付けること、そして試作・試行のスピードを上げること、このイメージで実務応用幅がぐっと広がる。
「開発は社内技術のハメコミ」のところの、ジグソーパズルの比喩がすばらしかったです。顧客要求には技術の「溜り」を、つまりピースをたくさん持つこと、次にピースを「溜り」から取り出すスピードを上げること、ポイントとして、「溜り」に顧客価値から見たタグを付けること、そして試作・試行のスピードを上げること、このイメージで実務応用幅がぐっと広がる。
内田樹・中沢新一・平川克美「大津波と原発」読みました
原発について。一神教という思想面と、小出先生が語る科学的なあり得なさ、それは生態圏外という認識と機を一にしていると思うが、両者を統合的・整合的に誰かに解説していただきたいです。
2011年9月23日金曜日
柳澤賢仁「資金繰らない経営」読みました
短い本ですが、スケールの大きい論考と感じました。
日本経済の構造的変化、それを傍証する中小企業の経営実態、著者がコンサルを通して経験している感覚等を根拠に、経営の今後のあり方、設備投資をしない、B2BでもB2Cでも2に徹する、欲求に訴求する経営のあり方を訴えます。DCFを絵にした概念解説など、プロの仕事と感じました。
タイトルが良いのかどうか。この方は中小企業経営者に対する愛があるので、その資金繰りの苦しみを見ての命名と思いますが、現実には、悲しい設備を抱えてもがいでいる人々への直接的処方箋ではないような・・。ただ、そこは幸せ追求に真剣に向き合っている著者の姿勢を評価したいと思います。
日本経済の構造的変化、それを傍証する中小企業の経営実態、著者がコンサルを通して経験している感覚等を根拠に、経営の今後のあり方、設備投資をしない、B2BでもB2Cでも2に徹する、欲求に訴求する経営のあり方を訴えます。DCFを絵にした概念解説など、プロの仕事と感じました。
タイトルが良いのかどうか。この方は中小企業経営者に対する愛があるので、その資金繰りの苦しみを見ての命名と思いますが、現実には、悲しい設備を抱えてもがいでいる人々への直接的処方箋ではないような・・。ただ、そこは幸せ追求に真剣に向き合っている著者の姿勢を評価したいと思います。
金井孝男「業界研究シリーズ 化学」読みました
コンパクトに全体像を描写している、相当の観察者でなければ書けない著作だと感じました。
石油・非石油、あるいは汎用品・高機能品という側面からのSCMの複雑さと、電子材料、医療、農薬、住宅といった向け先毎・機能別マーケットと、コンペティターの内部経営資源の強弱とを包括していますが、これを1枚で俯瞰的に書けないでしょうか。
化学部門のCEOはこれが頭の中で書けることが必須要件でしょう。
石油・非石油、あるいは汎用品・高機能品という側面からのSCMの複雑さと、電子材料、医療、農薬、住宅といった向け先毎・機能別マーケットと、コンペティターの内部経営資源の強弱とを包括していますが、これを1枚で俯瞰的に書けないでしょうか。
化学部門のCEOはこれが頭の中で書けることが必須要件でしょう。
清水勝彦「失敗から学んだつもりの経営」読みました
たとえば学びのダブルループが進行する間には、時間というものが経過していて、教訓を引き出した前提が変化している場合があるということ。学ばないほうが良かったりする、というのは、時間経過の本質を踏まえた慧眼と思います。
2011年9月19日月曜日
鈴木秀子「心の対話者」読みました
受容とは、改めましてたいへんです。相手が生きるということを、自分が生きるということにいったんおきかえて自分の中におさめていくというか。
フォーカシングは小池龍之介氏の示唆と同じで、自身で自身の感情を再帰的に見つめる方法と理解しました。
フォーカシングは小池龍之介氏の示唆と同じで、自身で自身の感情を再帰的に見つめる方法と理解しました。
2011年9月18日日曜日
ジャック・ウェルチ「ウイニング」読みました
WLBに関する論考が出色と感じました。エンゲージド・クレジット・ポイントの累積認識とでも言いましょうか。共同体内の努力で、業績で蓄積した信用・信頼によって得られた自由度を行使することによって問題解決をするというイメージは実践的です。
この領域の問題は、筆者自身が語っているように、退職した2001年以降の社会問題であるが、経験値を動員しなくても、高い水準のソリューションを提示できる、筆者の知恵・創造性の賜物なのでしょう。
この領域の問題は、筆者自身が語っているように、退職した2001年以降の社会問題であるが、経験値を動員しなくても、高い水準のソリューションを提示できる、筆者の知恵・創造性の賜物なのでしょう。
2011年9月11日日曜日
リサ・ガンスキー「The Mesh」読みました
網=メッシュという、図柄付き概念を念頭に置くだけで発想が広がる気がします。中央集権型→自立分散型への流れは、分散個々拠点の実質成長に拠るわけですが。そういう情報の流れをたんたんと描写する学問も期待したいです。
2011年9月10日土曜日
J・ベアード・キャリコット「地球の洞察」読みました
自分が学問の道に進んで才能があったら取り組みたい仕事と感じました。目配せのスケールが壮大です。日本への言及も多く、びっくりしました。やはり鈴木大拙の存在感でしょうか。とにかく相手への配慮、相手の価値観や感じ方への探求と想像という姿勢が徹底しています。
こういう環境配慮の知性も米国から出てくるというのも、やはり米国はすごいなという感慨です。
こういう環境配慮の知性も米国から出てくるというのも、やはり米国はすごいなという感慨です。
内田樹「最終講義」読みました
教育・学びの世界と、ビジネス世界の対比で、教育現場において後者が前者を侵食しているという話からのイメージは。ビジネスでも「学び」は、実際的には重要であり、本質は後者かもしれないが、意識的に前者要素の活かしを考えなければならず、今後はその活かしの有り様こそ企業共同体存在の要諦になるはず、という着想でありました。酒井先生の「ご機嫌な職場」に通ずるものでもあります。
2011年9月3日土曜日
酒井穣「ご機嫌な職場」読みました
「Be」のノウハウと読みました。
著者の、インターネットは距離の破壊、の持論およびその延長線上にある未来可能性について。内田先生の、「霊感」の科学的確認までの距離についての論考を参照すると、ウィルスみたいなものをネットでつなげるか、という課題になる。それは光の種別、その本質の「波」なのだろうか。理工系教養が無いのでわからないのが残念。そこが突破できないと感情への肉迫という氏の見通しは絵空事ではないか、というのがテンタティブな小生見解。
著者の、インターネットは距離の破壊、の持論およびその延長線上にある未来可能性について。内田先生の、「霊感」の科学的確認までの距離についての論考を参照すると、ウィルスみたいなものをネットでつなげるか、という課題になる。それは光の種別、その本質の「波」なのだろうか。理工系教養が無いのでわからないのが残念。そこが突破できないと感情への肉迫という氏の見通しは絵空事ではないか、というのがテンタティブな小生見解。
寺田寅彦「天災と国防」読みました
健忘とのたたかいというか。記憶をつなげる工夫というか。
やっぱり学問の蓄積、専門性の蓄積ということなのではないか。
内田先生は制度資本領域での要専門性領域として、司法・医療・教育をあげられました。
自然の「手入れ」(養老先生の言葉づかいのイメージ)も、同様に専門性の必要領域と喝破されています。相対的に地震=地球物理学の蓄積が浅いということなのでしょうか。
抽象度を上げた「専門性そのものとは何か」、という整理が必要かもしれません。その上で、浅さの原因分析と対策が立てられるような気がします。
それにしても1933年の昭和三陸大津波の描写には律動、震えがきてしまいます。
やっぱり学問の蓄積、専門性の蓄積ということなのではないか。
内田先生は制度資本領域での要専門性領域として、司法・医療・教育をあげられました。
自然の「手入れ」(養老先生の言葉づかいのイメージ)も、同様に専門性の必要領域と喝破されています。相対的に地震=地球物理学の蓄積が浅いということなのでしょうか。
抽象度を上げた「専門性そのものとは何か」、という整理が必要かもしれません。その上で、浅さの原因分析と対策が立てられるような気がします。
それにしても1933年の昭和三陸大津波の描写には律動、震えがきてしまいます。
管啓次郎・小池桂一「野生哲学」読みました
アメリカ・インディアンのお話。ちょうどベアード・キャリコットの「地球の洞察」を並行して読んでいて、アメリカ・インディアンはそのワンオブゼムだったので、印象的というか、だぶってかえって頭がクラクラしたいりして。
神話はどこも興味深いものがあるのですね。小池さんの漫画が印象的でした。神話表現としては、漫画は強烈かもしれません。
よって立つものとしての天然自然の再帰的自覚のテーマですが、都市の便利さにどっぷりつかってしまった身としては、まずは、今日的には電気の自覚から、というのは良いのではないかと。
神話はどこも興味深いものがあるのですね。小池さんの漫画が印象的でした。神話表現としては、漫画は強烈かもしれません。
よって立つものとしての天然自然の再帰的自覚のテーマですが、都市の便利さにどっぷりつかってしまった身としては、まずは、今日的には電気の自覚から、というのは良いのではないかと。
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