徒然亭ボウイ
2011年7月17日日曜日
菅野覚明「神道の逆襲」読みました
宣長の「もののあはれ」の解説が秀逸でした。「人はなぜ泣くのか」を結節テーマにしたわかりやすい説明でした。私欲への着目は煩悩というか、仏教に連接するところもあります。深く共感します。それに比べると篤胤は「元気よすぎ」なんですよね。単なる性格の問題でしょうか。
それとやはり音楽・物語・時間という形式が表現する本質的なものへの着目。
アリストテレスがなぜ「笑い」に着目できていたのかも、どなたかから教えていただきたいですね。
すみません。着眼=着目点しか言及できない私の力量限界。
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