2011年12月30日金曜日

内田樹「レヴィナスと愛の現象学」読みました

2011年の最後に相応しい読書体験ができました。50台突入にあたり、改めての愛と学びの姿勢の持ち直しというか。愛と学びは本質が同一です。自らの過去を振り返り、学びに比べて愛の方が決定的に弱かったです。中堅の頃、「愛情開発」を自分の人生テーマとしたことは間違っていなかったはずです。

沢田健太「大学キャリアセンターのぶっちゃけ話」読みました

真面目に働いている人はみな大変です。
未熟ということに誠実に向き合い、未熟が熟すのを待つという仕事と思います。弱者救済思想としての新卒一括採用擁護論はその一貫性の現れと読みます。

2011年12月24日土曜日

中沢新一「日本の大転換」読みました

題名はポランニーあやかりでしょうか。
生物圏と太陽圏の概念を、社会と市場、贈与と価値交換、仏教と一神教(あるいはハーバーマス的には生活世界とシステム世界)とのアナロジー的に設定して、原発の異質性と限界を説く。ケネーの援用は、東さんのルソー援用を想起させる。ラカンは東さんも詳しいのだろうけれど、無意識との関係のサジェスチョンも共通性を感じさせる。再生可能エネルギーの問題は電源種の問題にとどまらない、贈与と交換の新たな関係の再編、宮台さん的には共同体自治に魂を入れる問題に連接する。
その再編の鍵として農業を捉えている点は新鮮でした。

2011年12月11日日曜日

東浩紀「一般意志2.0」読みました

久々に衝撃度の高い、社会科学の、全体性に迫る魅力的な仮説に出会うことができました。
ルソーがなぜ「社会契約論」と「エミール」の両方が書けたのか、鍵概念が動物となる訳ですが、これは東さんご自身の、非合理を尊重するオリジナルの姿勢ゆえの果実だと思います。
「無意識の可視化」の概念創造はすごいです。

リリアン・R・リーバー「数学は世界を変える」読みました

エレガントさを究極追求するような美しさ。
後先ですが、東さんの一般意志2.0とも通ずるような。「観測」の結果をログと捉えれば、その通じようにもっと迫れるかもしれません。
こういうトーテンポールようなの比喩から、専門性の尊重→民主主義にアプローチするやり方と、この本でも一部ベクトルの示唆ありましたが、群論とかを取り上げて、個々の数学分野の、いわば専門性の普遍性みたいなものに迫るアプローチと、私のような素人にとっての数学解説の有り難さは2通りあるのかなと思いました。

2011年12月3日土曜日

V・E・フランクル「夜と霧」(新版;池田香代子訳)読みました

本来高校生時代に通過していなければならない書物。やはりということで。
「あなたが経験したことは、この世のどんな力も奪えない」は、改めて民主主義の基礎と感じ入りました。
また、訳者あとがきが素晴らしく、旧訳の霧山徳爾さんのところで、フランクルの講演の説得力がコーヒーのカフェインに物理的に支えられていた、という満身創痍の物凄さが伝わってくるエピソード、および新訳池田氏の霧山氏への敬意が印象に残りました。

2011年11月27日日曜日

酒井穣「料理のマネジメント」読みました

まいりましたね。
依存から自律への生き方の転換は、領域として限りないと思うと、ちょっと落ち込みます。「役に立つ」というのは、これまで往々にして人を楽にすることと結びついていたと思います。これはともすれば依存的な態度を養成してしまうわけで。今まで楽(らく)しすぎてきた自分の人生の過去の時間がうらめしくなってしまう。エネルギー、住居、食と追求していったら・・・。せめて近しいエネルギー問題からぽちぽち努力しはじめたところですが。

2011年11月26日土曜日

安西洋之・中林鉄太郎「「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか」読みました

深い内容でした。
1.範囲とスケールの選択が鍵
藤本先生の視界5段階論を思い出しました。段階論を意識しつつ、異なるものの「比較」を行うことが本質と理解しました。
2.個々の機能評価ではなく、全体的価値体系の理解を重視
まさに、スティーブ・ジョブズであります。そしてBMW。
3.文化は静的ではなく動的である
これは仮説形成やコミュニケーションを進める上での留意点のようなものかな

2011年11月23日水曜日

溝口敦「暴力団」読みました

山口組から刺されたことがあるという、まさに体をはった著者の語り口のやわらかな分析。面白いのは関東連合OB等の半グレ集団。紳助が旧型としたら、海老蔵は新型?。
日本社会の共同体紐帯の崩壊と因果関係があるとしたら、恐ろしいし、優れた着眼と感じました。

川上弘美「神様2011」読みました

これは小説家としては、かなり危険な試みなのではないでしょうか。村上春樹氏などから受けた示唆によれば、即自・自問自答的な行動から小説を紡ぎ出していくものとすれば、20年後くらいの出来事からの自らへの影響を、バックデートでかぶせていくような行為はちょっと困難であるような気がします。ましてやというか、よくわかってはいませんが、川上さんのような作家がそれをやるとは・・(桐野さんならわからんでもないみたいな)。内容より、そのことが衝撃でした。

2011年11月20日日曜日

野矢茂樹「はじめて考えるときのように」読みました

オープンで、人と話して、がまたまだ少ないからまだ考えが足りない。
なので、はじめて考えるみたいな。ということでした。
植田真さんの挿絵が素晴らしい。

宮台真司「宮台教授の就活原論」読みました

いろいろ刺激多く。
・幸せというのを、昨日の状態が今日もあるというevery day沖縄的泡盛パーティコミュニケーションのことだとして、それがある意味最上価値という訳でなく、個人志向によるとしたところは、超越が幸せにぴったり重ならないということでしょうか。
・常に最終目的を思い出せ。リフレクションの仮の結論を意識しておくこと。コンテクストへの敏感さもこういう根拠から磨かれるということか。自分の場合は何だろうか。映画・本・仲間との酒の循環は若い頃自分もイメージしていた。そこに還るということか。未来と、仲間と同時にシンクロする、それが生理的に楽しい、それを超える言葉があるだろうか。
・ホームベースは成人の感情的回復、で、上記の仲間とのコミュニケーション過程が感情回復、と重ねられるだろうか
・社会的な正しさがカッコイイ、はこれからNPO連携を本格的に考えて行動していく基盤になります。
・①グループワーク能力、②ノイズ耐性、③集団ヒステリー現象。③はいわゆる「ノリ」と理解してよろしいでしょうか

2011年11月19日土曜日

古賀茂明「日本中枢の崩壊」読みました

全体性を希求する経済・産業のプロの眼、を感じました。組織として、全体最適を希求すべく、仕組み的なしかけをというのが公務員制度改革と理解しました。
で、あとは「経済回って社会回らず」の実態・本質解明。小泉改革の評価は、諸外国の視点とも重なるところがあるので、たぶん「改革道半ば」はそうなのかもしれないけれど、「経済」-「社会」のシステムの「入れ子」の視点でどうなのか。湯浅さんのような知性との重ねをどこかで見たいところです。

2011年11月14日月曜日

夏目漱石「坑夫」読みました

においとか肌触りとか疲労とかに迫るので小説は素晴らしい。やっぱ実存、という思いが強化されます。漱石は未知の青年の話を聞いたのみでここまでのリアルを構成する。すごいです。

2011年11月5日土曜日

三品和広「どうする?日本企業」読みました

さすがミ三品先生なのですが、石油の話とフォーカス戦略の話をもう少し展開してほしかったです。フォーカス戦略は自分がエネルギー分野で漠然と構想しようとしていることと重なるような気がして・・。「地域(アジアとか環太平洋)」と「汎用度」「環境親和度」とをネットワーク的に重層化するような・・。
最後の「心の叫び」は、もちろんですが、ビジネス場面を突破するような力を持つものでしょう。

2011年11月3日木曜日

副島隆彦・武田邦彦「原発事故、放射能、ケンカ対談」読みました

本の中にもありましたが、この面白さの最大の功労者は幻冬舎でした。
本質は資料Cと、人間の危険感覚との相対関係で、ここまでガチンコで討論していただくと、そのことがよく理解できます。

2011年10月23日日曜日

無能唱元「人蕩術極意」読みました

シンプルで驚くべき内容でした。
5つの本能的衝動。
①生存本能
②群居衝動
③自己重要感
④性欲
⑤好奇心
こう整理していただいただけで大収穫です。
「お礼におっぱいしゃぶらせてください」はまいりました。本能的衝動の再帰的自覚に基づく行動は幸せへの道であります。白隠の、子ともを預かる話は本当にそうだと思います。性欲問題のリアルをきちんと意識して仏教の本質にここまで迫っている本は無いのではないでしょうか。清水先生の道です。

副島隆彦「なぜ女と経営者は占いが好きか」読みました

故清水佑三先生の得意領域に副島先生がチャレンジしたということで感慨を禁じえません。
陽根信仰が象徴です。
あと、普遍主義=world valuesは、私自身がやや無自覚ではありましたが、実践の中心軸に置いてきたつもりです。出光佐三とアダム・スミスとに共通価値を見出そうとする姿勢です。

2011年10月16日日曜日

林真理子「下流の宴」読みました

文学の角度からこの問題に迫ると、またいろいろな角度があることがわかります。
翔の「頑張る」世界への忌避、嫌悪の根拠のようなものは何か(ここが一番本質問題かもしれないが、今の時点で私は答えの予感を得ることができない)。しかし、異なる価値観の相手を尊重する姿勢は持っていて、その両立というのは、成熟社会市民としての良識を示しているような気もすること。翔は、時間軸の観点からも、両者の平和的共存について、リアル・透徹した眼を持っていると思われ、その点では珠緒の成熟度を上回っていること。一方で、試行錯誤から得られる尊厳の深まりという、両者の「架橋」可能性の、まさに橋のたもとに立てていないことの悲しさもあるということ。等々。

副島隆彦「あと5年で中国が世界を制覇する」読みました

中国に対する基本的視座のようなものを学びました。
「二つの海底」について。これは菅野稔人氏も指摘していますが、金融資本主義の混乱期にあっては、相対的に国家権力の重要性が増し、そこに継続的良心を配分しようとしている中国共産党のような組織の世界内プレゼンスは上昇していくのではないかという見方があると思います。
もう一つの、台湾・チベット・新疆ウイグル自治区問題の方が、早く是正されるのではないかと直観します。これは外交カードになり得るので。

2011年10月10日月曜日

副島隆彦「大災害から復活する日本」読みました

放射能の問題は、現在の専門知のレベルで解明されていないことも多いということを前提に、このような確率論的・決断主義的な議論もあり、ということ。多様な議論が必要である。
GE製の緊急炉心冷却装置の地震による損傷問題は本質で、畑村先生の事故調はこれに迫れるでしょうか。
あとは米国債問題で、主な買い支え先は日本・中国・サウジアラビアの3国という、こういう大局認識が大事です。
副島先生は現場立脚の方という印象を強くしました。

2011年10月8日土曜日

岩崎夏海「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーのマネジメントを読んだら」読みました

なかなかスリリングで面白いじゃないすか。
ノーバント・ノーボールなど野球観も反映していて。最後は夕紀の生命の強みが活かされたという美しさ。野球はストップシーンがあるのでドラマになります。映画は峯岸で行きたかったですね。

2011年10月2日日曜日

副島隆彦「新たなる金融危機に向かう世界」読みました

ゴールドマンの100分の3秒のHFT=ハイ・フリクエンシー・トレードの話は驚きであり、なるほどと合点がいきました。おそらく証券取引所システムとの隣接ということも利用されているのではないか。
とにかく実物じゃない金融経済とかの規制とか言う前に、実務のレベルでの現状がどうなっているか、というこのようなお話は大変貴重で稀有と思います。逆にこういう情報が少なすぎるからこそ、単に金融規制の話が理念レベルの抽象論の世論にしかならない。最前線で戦う官僚の背後にシンパシーを持って見守る市民がいないので、古賀さんのような人が敗れ去ってそれだけになってしまう。
中央銀行国債引き受けが財政規律破綻につながるお話もなるほどで、岩田先生の震災復興国債のご提案もこういう近代常識を再確認した上で議論しなければいけないと思いました。
中国の、米国と一線画す防衛戦略もなるほどというか、BRICS新機軸体制とともにますます注視していかなければなりません。
ヒラリーに象徴させて語られていた統制経済化の方向というのは、米国経済の対症療法のように見えるが、逆手をとって、世界のより良き金融統制の突破口になる可能性も感じました。例えばHFT規制のあるべき姿も、まずは米国から出てくるのでしょう。その後歴史はどうなるかわからないので。

2011年10月1日土曜日

田村次朗・一色正彦・隅田浩司「交渉学入門」読みました

違った人と、同じ理想に到達し、価値を生み出そうとする意思と姿勢と行動が大切。

2011年9月25日日曜日

キャメル・ヤマモト「世界標準の仕事術」読みました

経験が大事。5年5場所論は実践的です。

2011年9月24日土曜日

水島温夫「技術者力を鍛える」読みました

著者の「ニ」族、「ヲ」族のコンセプトは以前はいまいちと感じていたのですが、翻って自主独立と互譲互助の綱引きの程度の違いと考えればいいのかなと思いました。
「開発は社内技術のハメコミ」のところの、ジグソーパズルの比喩がすばらしかったです。顧客要求には技術の「溜り」を、つまりピースをたくさん持つこと、次にピースを「溜り」から取り出すスピードを上げること、ポイントとして、「溜り」に顧客価値から見たタグを付けること、そして試作・試行のスピードを上げること、このイメージで実務応用幅がぐっと広がる。

内田樹・中沢新一・平川克美「大津波と原発」読みました

原発について。一神教という思想面と、小出先生が語る科学的なあり得なさ、それは生態圏外という認識と機を一にしていると思うが、両者を統合的・整合的に誰かに解説していただきたいです。

2011年9月23日金曜日

柳澤賢仁「資金繰らない経営」読みました

短い本ですが、スケールの大きい論考と感じました。
日本経済の構造的変化、それを傍証する中小企業の経営実態、著者がコンサルを通して経験している感覚等を根拠に、経営の今後のあり方、設備投資をしない、B2BでもB2Cでも2に徹する、欲求に訴求する経営のあり方を訴えます。DCFを絵にした概念解説など、プロの仕事と感じました。
タイトルが良いのかどうか。この方は中小企業経営者に対する愛があるので、その資金繰りの苦しみを見ての命名と思いますが、現実には、悲しい設備を抱えてもがいでいる人々への直接的処方箋ではないような・・。ただ、そこは幸せ追求に真剣に向き合っている著者の姿勢を評価したいと思います。

金井孝男「業界研究シリーズ 化学」読みました

コンパクトに全体像を描写している、相当の観察者でなければ書けない著作だと感じました。
石油・非石油、あるいは汎用品・高機能品という側面からのSCMの複雑さと、電子材料、医療、農薬、住宅といった向け先毎・機能別マーケットと、コンペティターの内部経営資源の強弱とを包括していますが、これを1枚で俯瞰的に書けないでしょうか。
化学部門のCEOはこれが頭の中で書けることが必須要件でしょう。

清水勝彦「失敗から学んだつもりの経営」読みました

たとえば学びのダブルループが進行する間には、時間というものが経過していて、教訓を引き出した前提が変化している場合があるということ。学ばないほうが良かったりする、というのは、時間経過の本質を踏まえた慧眼と思います。

2011年9月19日月曜日

鈴木秀子「心の対話者」読みました

受容とは、改めましてたいへんです。相手が生きるということを、自分が生きるということにいったんおきかえて自分の中におさめていくというか。
フォーカシングは小池龍之介氏の示唆と同じで、自身で自身の感情を再帰的に見つめる方法と理解しました。

2011年9月18日日曜日

ジャック・ウェルチ「ウイニング」読みました

WLBに関する論考が出色と感じました。エンゲージド・クレジット・ポイントの累積認識とでも言いましょうか。共同体内の努力で、業績で蓄積した信用・信頼によって得られた自由度を行使することによって問題解決をするというイメージは実践的です。
この領域の問題は、筆者自身が語っているように、退職した2001年以降の社会問題であるが、経験値を動員しなくても、高い水準のソリューションを提示できる、筆者の知恵・創造性の賜物なのでしょう。

2011年9月11日日曜日

リサ・ガンスキー「The Mesh」読みました

網=メッシュという、図柄付き概念を念頭に置くだけで発想が広がる気がします。中央集権型→自立分散型への流れは、分散個々拠点の実質成長に拠るわけですが。そういう情報の流れをたんたんと描写する学問も期待したいです。

2011年9月10日土曜日

J・ベアード・キャリコット「地球の洞察」読みました

自分が学問の道に進んで才能があったら取り組みたい仕事と感じました。目配せのスケールが壮大です。日本への言及も多く、びっくりしました。やはり鈴木大拙の存在感でしょうか。とにかく相手への配慮、相手の価値観や感じ方への探求と想像という姿勢が徹底しています。
こういう環境配慮の知性も米国から出てくるというのも、やはり米国はすごいなという感慨です。

内田樹「最終講義」読みました

教育・学びの世界と、ビジネス世界の対比で、教育現場において後者が前者を侵食しているという話からのイメージは。ビジネスでも「学び」は、実際的には重要であり、本質は後者かもしれないが、意識的に前者要素の活かしを考えなければならず、今後はその活かしの有り様こそ企業共同体存在の要諦になるはず、という着想でありました。酒井先生の「ご機嫌な職場」に通ずるものでもあります。

2011年9月3日土曜日

酒井穣「ご機嫌な職場」読みました

「Be」のノウハウと読みました。
著者の、インターネットは距離の破壊、の持論およびその延長線上にある未来可能性について。内田先生の、「霊感」の科学的確認までの距離についての論考を参照すると、ウィルスみたいなものをネットでつなげるか、という課題になる。それは光の種別、その本質の「波」なのだろうか。理工系教養が無いのでわからないのが残念。そこが突破できないと感情への肉迫という氏の見通しは絵空事ではないか、というのがテンタティブな小生見解。

寺田寅彦「天災と国防」読みました

健忘とのたたかいというか。記憶をつなげる工夫というか。
やっぱり学問の蓄積、専門性の蓄積ということなのではないか。
内田先生は制度資本領域での要専門性領域として、司法・医療・教育をあげられました。
自然の「手入れ」(養老先生の言葉づかいのイメージ)も、同様に専門性の必要領域と喝破されています。相対的に地震=地球物理学の蓄積が浅いということなのでしょうか。
抽象度を上げた「専門性そのものとは何か」、という整理が必要かもしれません。その上で、浅さの原因分析と対策が立てられるような気がします。
それにしても1933年の昭和三陸大津波の描写には律動、震えがきてしまいます。

管啓次郎・小池桂一「野生哲学」読みました

アメリカ・インディアンのお話。ちょうどベアード・キャリコットの「地球の洞察」を並行して読んでいて、アメリカ・インディアンはそのワンオブゼムだったので、印象的というか、だぶってかえって頭がクラクラしたいりして。
神話はどこも興味深いものがあるのですね。小池さんの漫画が印象的でした。神話表現としては、漫画は強烈かもしれません。
よって立つものとしての天然自然の再帰的自覚のテーマですが、都市の便利さにどっぷりつかってしまった身としては、まずは、今日的には電気の自覚から、というのは良いのではないかと。

2011年8月27日土曜日

酒井穣「「シンプル英語学習法」読みました

学習ノウハウというより、動機に関わる本と思いました。
人格変容は個人的にも経験ありますし、最後のアルターエゴの話は、そこまではどうかなと思いつつも。自分の場合は、address(ゴルフの立ち位置と住まいに共通するもの)やreality(真如と現実との差異)で、類推の異同に敏感になれたという感覚です。

2011年8月20日土曜日

清水勝彦「戦略と実行」読みました

すばらしかったです。実行の角度から見る組織世界の描写です。
本当は具体的なところに宿っている素晴らしい価値を、個別具体的な組織・企業を超えた抽象的-戦略ストーリーに関係するいくつかの-概念に鍛え上げる、そこまではよいのだけれど、その概念を出発点・起点にして物事を考えるという理路が転倒しているのでしょう。感情の機微の難しさを引き受けてメンバーへの関心を育むコミュニケーションに前進しよう。

2011年8月15日月曜日

佐藤栄佐久「知事抹殺」読みました

日本社会の異常、どうしようもなさはよく指弾されるところでありますが。
共同体間、国家がからむと恐ろしいのだが、その恐ろしさを少し横に置いておくとしたならば、欧米ではこのような事態はどの程度あるのだろうか、と感じてしまいました。
倫理が幅をきかせる空間がもうすこしなんとかなっているのではないかと。悲しい。
あるいは江戸の仇は長崎で的な慣用句だったり、その土壌だったりはどの程度あるのだろうか。人生とは何か。宗像がんばれ。

2011年8月13日土曜日

孫崎享「日本の国境問題」読みました

ドイツの国家目的の変更=「自国領土の維持」→「自己の影響力拡大」が最も印象的でした。
国家も一枚岩ではないこと。個人の時代との認識と重ね合わせて、価値観と利害の多様性に思いを致すことが重要。それとリアリティは物事の分割認識=ダウンサイズであること。ダウンサイズとは人間の身の丈に合わせるということかも知れない。多角的相互依存関係もそう。ちょうどダウンサイジングの時間版と空間版と言えるかも。棚上げは時間版の一例。それが平和に直結する。民主主義の成熟である。

2011年8月8日月曜日

網野善彦「日本の歴史をよみなおす」読みました

考えてみれば四方を海に囲まれているこの日本で、海が境という捉え方だけではなく、交通路としての現実性を吟味するというのは当然の理路であるはずですが。
してみると先の天皇の関心はすごかったですね。14世紀が画期ということにも気がつかれていたのでしょうか。狩猟・農耕というカテゴリーでは、狩猟上位の社会観とでも言うべきでしょうか。女性にしてもこういう奔放な捉え方の方が魅力的です。宮台先生の言うとおり、日本は同一場の尊重が優位なので、近親相姦制約も緩いのでしょう。
網野先生は天皇制の消滅を展望されていたというのが衝撃でしょうか。「日本」は太陽概念と、日出るという、相対的位置概念に関係があり、その両方の廃棄・止揚がからんでくるということのようです。

2011年8月7日日曜日

広井良典「創造的福祉社会」読みました

いつもながらスケール・視野の大きさにわくわくします。こういう大胆な仮説提示という形の励ましがあると思います。
狩猟社会→農耕社会→産業化社会の変化と、「心のビッグバン」「枢軸・精神革命」「現在(心の時代)」の対応等、大胆なアナロジー類推が魅力的です。個人・コミュニティ・自然の価値重層的統合のコンセプトは、小室直樹・山本七平の日本教と重なります。
セイフティーネット三層構造については、ケインズ主義的な考え方に基づく雇用創出を「外部」と捉えて、その「内部化」を展望する先に、次代の企業内コミュニティを創造するというイメージになるのだと思います。
そして宮台先生も重要性に言及されていたアメリカの環境哲学者ベアード・キャリコットの「徳」の概念、規範的価値と存在の価値の融合がWELL BEING。

2011年7月31日日曜日

高塚猛・中谷彰宏「抱擁力」読みました

感謝しよう、役に立とう、オープンにふるまおう、相手の成長を観、喜ぼう。そして触れ合おう。

2011年7月30日土曜日

小池龍之介・宮崎哲弥「さみしさサヨナラ会議」読みました

自省は成長の核心。で、テクニックとしては、記録が大事、というお話。記録とは何か。自己客観視のよすがである。その密度をもっと濃くしてみよう、それが仏教トレーニングである。
最近、怒ったとき、笑顔をつくることが意識的にできるようになってきた。まだ途上ですが。

2011年7月18日月曜日

海老原嗣生「もっと本気で、グローバル経営」読みました

バートレットのマトリックスというのは今ひとつ腹落ちしない。著書では顧客、および商品を軸としたコミュニケーションの態様から更なる分析を試みている。結果、「グローバル」型から他の3類型に進化するのだと整理している点がユニーク。通説は「トランスナショナル」型が最終進化形としているところ。英・現地語公用語問題も、この切り口から類型化していて、説得的。

2011年7月17日日曜日

南野忠晴「正しいパンツのたたみ方」読みました

真っ当な生活での視点。おたがいさまの視点。そして自立のイメージ深化。こういう言説量が少ないですかね。正しいパンツのたたみ方を知らない私の生きる道は、ばかな私でも気に入ってもらえる女性を質量増やすこと、で目標が明確であります。

菅野覚明「神道の逆襲」読みました

宣長の「もののあはれ」の解説が秀逸でした。「人はなぜ泣くのか」を結節テーマにしたわかりやすい説明でした。私欲への着目は煩悩というか、仏教に連接するところもあります。深く共感します。それに比べると篤胤は「元気よすぎ」なんですよね。単なる性格の問題でしょうか。
それとやはり音楽・物語・時間という形式が表現する本質的なものへの着目。
アリストテレスがなぜ「笑い」に着目できていたのかも、どなたかから教えていただきたいですね。
すみません。着眼=着目点しか言及できない私の力量限界。

2011年7月11日月曜日

中川恵一「がんのひみつ」読みました

自然環境に抗って開発増殖を続ける人間そのものの姿にがん細胞を擬えたメタファーが秀逸でした。
放射線とはなにかについて、続編を読みましょう。

2011年7月5日火曜日

山本七平「人望の研究」読みました

難易度が高いのは、九徳の具備よりも七情の抑制かと。
喜・怒・哀・懼・愛・悪・欲と。
特に「懼」「愛」「悪」はまいります。すみません。

2011年7月3日日曜日

藤本隆宏「サプライチェーンの競争力と頑健性」読みました

「設計情報の避難訓練」が核心でした。競争と協働、共同体「間」自治の、更なる進化が必要です。

2011年7月2日土曜日

北川達夫「不都合な相手と話す技術」読みました

そうか、フィンランド人は大きな声を出さないんだ・・
やっぱり内心の自由の話。
で、次の問題は幸福感。この本で語られるイシューではないが。その段階では、内心発露とその交流の程度が問題になる。やはり、内心・社会・天然の自然の一致を志向する者同士の間でしか、幸せ感の実現はない。それはやっぱり日本人論にかえってきてしまう。冒頭の「野暮」とは、その志向性水準が低いことを指していう。

広瀬弘忠「人はなぜ逃げおくれるのか」読みました

社会の複雑性の増大がもたらしている変化として、災害による死傷者は減少しているにも関わらず、復旧・復興のための費用、経済的損失金額は増大していること、が印象に残りました。
あと、サバイバーの考え方。子孫のためというよりは、美学ではないでしょうか。
20世紀が戦争の世紀で、21世紀は災害の世紀、も、シンプルかつ本質的な言葉だと感じました。著書の言葉を借りれば、「天」と「人為」との間で悩み続ける世紀、ということになるのでしょう。「天」とは自然と言い換えててもいい。日本教の核心である、内心の自然・社会秩序の自然・天然自然の3者のせめぎ合いと調和が、ますます問われることになるのでしょう。

2011年6月26日日曜日

小池龍之介「考えない練習」読みました

心理水準の問題解決も、肉体レベルでの活動が必要で、自覚的スキル熟達の筋道あり、というお話

宮台真司×飯田哲也「原発社会からの離脱」読みました

飯田先生が徳山出身と知り、意を強くしました。
分野は違いますが、自組織の大野さん(東京都)になるべく、努力します。

武田徹「私たちはこうして「原発大国」を選んだ」読みました

不思議な文章と感じ入りながら読みました。あとがきでその本質が少しわかりました。「非共感的」アプローチという。普通、本というのは、何らかの価値観の訴え、であるところ。スイシンについてもハンタイについても(カタカナ表記がその象徴)「非共感」だという。これが独特で本書の価値を秀逸にしている。現実に対しても学問に対してもその姿勢が一貫していて、ルーマンの「信頼」機能の社会学的な解説など、これ以上にわかりやすい噛み砕きは無いのではないかと思えるほど。
あとがきのハンセン病隔離問題のアプローチにも感動しました。終末を意識するという倫理の普遍性を考えていきましょう。

2011年6月20日月曜日

郷原信郎「組織の思考が止まるとき」読みました

共同体の独立性の再吟味がテーマでした。藤本先生の5段階視点論が一つの参考になります。難易度が高いのが、閉じた共同体内での、ルール創造能力の醸成。まずはルールの活用、次いで改善、の順で鍛えていくこと。
それにしても、官公庁・医療・放送・証券の各分野での切り口鮮やかです。官公庁のところは「人の話をよく聞けよ」、で終わりなのですが。コミット価値観のレベルで、医療と証券は複雑ですが、放送は、内部関係者の勇気・良心・自発性が、そんなに複雑ではない価値に向かって発揮されればよい、でしょうか。

2011年6月19日日曜日

村上春樹「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」読みました

小説を紡ぐこと=夢を見ること。誰もが持っている暗い闇に潜入して、記憶の抽斗をよすがにして物語を紡いでいく、そのために肉体の健全さを保つこと。この人の稀な才能に改めて感じ入りました。「健全な肉体に不健全な精神が宿る」は刻みたい言葉ですね。
暗闇は宗教ではない、宗教の方がまだ明示的な世界と言えるのだろうか。ユングの集合的無意識の世界は、宗教の対象を超える広がりを持っているということだろうか。そのことに徒手空拳で挑んでいる著者の存在はやはり稀有であるのだろう。

山本七平・小室直樹「日本教の社会学」読みました

山本「日本人の自然という言葉は、自己の内心の秩序と社会秩序と自然秩序をひっくるめた言葉で、この三つは一致すべきもの、一致したものであるというのが基本的な意味でしょう」
だから、本心、内心の自由を求める行動は、必然的に社会探求・自然探求に向かう・・という「姿勢」については、西洋的価値観と一致点を見出せるのではないか。現状の「観」が、一致的か、対立的かは留保しても、自由を求める点では一致できるかもと思う。と思う一方で、日本人の中ではそういう志向は確かに少数派かなとも思う。
パーソンズの「内なる光」に基礎を置いた知性の発揮は(日本においてもっと)許容されるべきではないか。そう、社会秩序・自然秩序に合わせるだけでは困るので。
「空気」とは、社会・自然の探求からやや「引いて」構えて一致を見ようとする人間集団の醸し出すものか。

2011年6月4日土曜日

大久保幸夫「日本型キャリアデザインの方法」読みました

「筏下り」と「山登り」の比喩は、図らずも部長の「岸に着いた船」の比喩と重なりました。あとキャリアマップの備忘録。
①他者と比べてあなたが得意なことは?②やりたい仕事、長くやっていても苦にならない仕事は?③どのような仕事にあなたの人生を賭ける価値を感じる?
④あなたが発揮している(したい)リーダーシップのスタイルは?  5年後のキャリアに関する自己イメージは?  ⑤あなたの専門性は?(●●のプロという形式で書いてください)
⑥家族との(暗黙の)約束は?⑧5年後のビジョンを実現するために何を準備しますか?(学習・意思決定)⑦会社から期待されている役割は?会社から得られる協力は?

竹田青嗣講演「災後を考える」聴きました

大局的認識はまちがっていない。キーワードは、世界市民的に制御された資本主義、エネルギー革命、相互承認的市民国家。アレントの労働・仕事・活動の概念はどう使えるだろうか。「少しずつ良くなる、可能性が行き続ける」状態の認識にヒントがあるかもしれない。

2011年5月29日日曜日

小室直樹「田中角栄の呪い」読みました

政治権力の強大さへの抵抗のしくみとして三権分立の思想・システムが発達してきた理路が理解できました。
それにしても、儒教的価値観による、聖人君子による統治、との攻めぎあいかあ。
汚職の問題というのは、もっと研究されるべきですね。グローバル化のまさに渦中での、企業人としての悩みとも重なります。イギリスがなぜああいう贈収賄規制を出してきたか、とか。
角栄教による「私」の正統化、の視点はユニークネスです。

今北純一「仕事で成長したい5%の日本人へ」読みました

すばらしかったです。パーソンズの内発性発露の現実化です。小室先生のキリスト教を良く知れ、というメッセージともぴったり重なります。
さて、「5%」問題について。バカな私は「一寸の虫にも五分の魂」を信じたい。なんと今気づきましたが、五分はまさに5%でした。つまり、数の次元ではなく、集団の心の総量を100とした時に、アマゾンのロングテールみたいな偏在の仕方をしていると信じたい。それが内発である所以というか、まあ、これは宗教になる訳ですが。
やはりグローバル化の本質は、日本教の再帰的自覚でしょう。

2011年5月25日水曜日

飯田哲也・田中優・筒井信隆・吉田文和「日本版グリーン革命で経済・雇用を立て直す」読みました

田中さんのが面白かったです。断熱性追求目的のベニヤ板の問題、耐用年数300年の天然住宅、オール電化の問題点、IHクッカーの電磁波問題、日本の蓄電技術=SCiBの話等、目から鱗でした。

2011年5月22日日曜日

岩田規久男「経済復興」読みました

歴史への言及が印象に残りました。関東大震災は、今回をはるかに凌ぐ規模だったのですね。
リフレはどうも、まだ腹落ちしてこないのです。今回、高橋財政を少し勉強してなるほどと感じましたが、飯田さんとか、もっと勉強したいと思いました。

菅原出「ウィキリークスの衝撃」読みました

狂気は身近にある。
そして技術が民主主義を成熟させるが、その道のりのなんと乱暴というか、激烈というか、。

高濱正伸「13歳のキミへ」読みました

・人に強くなる
・自分を磨く
・立ち向かう
・学ぶ
・律する
全て日本教の柱。内容では強調されている、他人の気持ちの想像、が章立てにはなっていませんが。
日本教だから、大人になっても達成できたということは無い、これは信仰である、という理解にしておきましょう。

2011年5月14日土曜日

小室直樹「天皇恐るべし」読みました

まさに恐るべき書でした。
この論題でここまでの理論水準は他に無いのではないでしょうか。栗山潜鋒の保健大記における保元の乱の描写描出、崇徳上皇の呪い、義朝・為朝の人物像まで含んで、その位置をあぶりだしていること。南北朝問題よりはるかに重要ですが、なぜ関係者はこれまであまり強調していないのでしょうか。小室先生の傑出した問題発見力なのでしょう。万世一系とかいっても事はそう単純ではない。
「人間が下劣きわまりないほど神の愛はかぎりなく高くなる」「祟りの神が国を鎮め守る神となる」パラドックスが核心であるということでした。これは人間という矛盾存在を包摂するシステム思考による理解でしょう。

権藤博「教えない教え」読みました

解説視点のオリジナルと、タイトルに魅かれて買いましたが、素晴らしく実践的な内容でした。
ラストの目線の上げ下げの話などは、プレーヤーとして一流を極めた人からはなかなかお目にかかれない観点です。育成にも技術あり、原理原則あり、という話だと思います。

小室直樹「信長の呪い」読みました

目的合理性、一点突破・全面展開(桶狭間)。兵農分離により近代国家としての礎を準備したこと。
現代から見えにくいものに見通しをつける小室先生の力業です。

2011年5月9日月曜日

桑原晃弥「グーグル10の黄金律」読みました

「天才が集まる会社の仕事術」ということで、むべなるかなと。
アウトプットが最上位目的なら、こうなるでしょう。精一杯考えさせる、頭を刺激する環境を整備する。
「邪悪になるな」は、他社差別化の最大のポイントかなと思いました。

2011年5月6日金曜日

鈴木光司「鋼鉄の叫び」読みました

興奮するスペクタクルでありました。
忠信と菜都子の恋、妨害する雄幸の人間的いやらしさとリアリティ、をからませながら、本編の、たとえば特攻の出撃からトラブルへの気づき、帰還決意、部下の死、不時着までの描写の迫真はすばらしいと思います。峰岸の孫、高村ゆりのキャラクターも魅力的でしたね。欲を言えば、テーマである同調圧力への抵抗の勇気のあり様を、更にミクロな描写で迫っていただくと言う事なしだと感じました。
未来へのコミット力の源泉、あるいはそれが生み出されるプロセスの秘密といったものへの迫り、でしょうか。

2011年4月29日金曜日

橋爪大三郎・副島隆彦「小室直樹の学問と思想」読みました

同名の新刊を書店で見たので図書館で注文したら、1992年の本が出てきました。お二人はまた同じ主旨で別時代を捉えた仕事をされたのでしょうか。
宮台先生を通してイメージはできていましたが、改めてですが、学問の良い伝統をきちんと受け継ぐ姿勢で仕事をされているということ。これが素晴らしいという感性が世の中にはあまりない。ともすれば、人の知恵の引用だと受け止められる。お前の考えは何なのだよと。自分がそんなにえらいんですかね。と、まあ、自主独立と謙虚さとのせめぎあいは常にあるのですが。どちらかといえば世の中謙虚さが不足しているのではないでしょうか。
大学1年の頃、経済学部の友達はサミュエルソンを抱えていましたが、新入生にはいきなりハイジャンプすぎるのではないでしょうか。やっぱり、スミス、リカード、マルクスときて、ワルラス、ヒックスときて、という順番ではないのでしょうか。
パーソンズやフロイト・ユングまで視野に入っている小室先生はすごすぎなわけではありますけど。

2011年4月24日日曜日

鎌仲ひとみ監督「ミツバチの羽音と地球の回転」観ました

スウェーデンから日本の森林や海・波の豊かさが見通されているのが印象的でした。
二又には期待してもいいのかな。

2011年4月23日土曜日

ウルリッヒ・べック「世界リスク社会論」読みました

主権と自己決定権のズレ、昨年の尖閣問題の背景にある物の見方の源泉が理解できました。
外部不経済の内部化を、新しい質のリスク発生の主因とみなす、という訳者の解説はわかりやすいですが、それでいいのかな。テロも環境問題も、技術と民主主義の関係だと思いますが。

クリス・アンダーソン「フリー」読みました

難しいテーマです。小室先生の、近代は私的所有権概念の確立から出立したという、その認識の延長線上で、本質を捉えた立論を期待したいです。人類共通財産である共有プラットフォームへのアクセスコストが低くなっていることは、共産主義の下部構造構築ができつつあるといえるかもしれません。

2011年4月17日日曜日

桐野夏生「優しいおとな」読みました

原理的なテーマで。近未来の家族システム崩壊後の自覚的代替共同体構築の試み。ヤマギシに取材されているのでしょうか。シェア、すなわち私的所有権の発展は今日的テーマであり、それを親の子供に対する感情や立ち位置にあてはめたとき、どうか、ということで、一貫した著者の挑戦的姿勢が感じられます。もっと微視的・科学的視座が重要かなと感じます。生れ落ちた瞬間に注がれるまなざしや音声の質とか、それ以前の、母胎への呼びかけとかの連続性のようなものが占める位置が大きいのではないかと。そのプロセスには単数・複数の要素は関数としては弱いのではないか。1対1の相互関係の質が鍵になるのではないか。尊厳のベースの作り方にミクロかつリアルな視点の導入を、と感じます。尊厳のベース形成以降は、ナナメの関係の「優しいおとな」がどんどん登場してかまわない、いやむしろ多対多の関係のリアリティが重要性を増していく。

2011年4月9日土曜日

園子温監督「冷たい熱帯魚」観ました

最後、「人生ってのは痛いんだよ」って、渾身のメッセージを残して死んでいく父親に向かって、「やっとくたばったか、このクソ親父」みたいな娘のセリフがとてもよかったです。ありえるなと。

中野雅至「政治主導はなぜ失敗するのか」読みました

利害調整ということのリアリティに迫っていたのが印象的でした。こういう世界に、書物上で「迫る」こと自体が挑戦的であり、珍しいのではないでしょうか。小説にすらなりにくい。でもドラマはあると思うのです。その論点で、イギリスとの対比。要は専門性への信頼と受容ということでしょうか。畑村先生が、これは米国でしたが、やはり機械工学だったかエンジニアリングの分野での業界団体とその専門性とプレゼンスに触れられていて、そこが業界標準をつくっていく。行政官僚ではない。それを受け入れていく社会の土壌が日本とは異なるという話をされていました。答えは無いのでしょうが、自分を信頼し、他人を信頼する、行ったりきたりの中で、ある種の秩序が立ち上がってくるということでしかないのか。まずはやはり独立自治・自主独立でしょうか。

2011年4月3日日曜日

秋尾沙戸子「ワシントンハイツ」読みました

やはり慰安婦問題は古今東西どこでも。ジャニーさんはやっぱり只者ではなかった。高野山とは。

2011年4月2日土曜日

藻谷浩介「デフレの正体」読みました

著者の事実立脚のすばらしさは以前から承知していたのですが、冒頭に良く知っていた太田川駅が取り上げられていたので本当にびっくりし、また感心しました。今著ではアイデア発想の豊かさもすばらしいのですが、共通しているのは、親密共同体圏内の良き自発性に依拠してお金の流れをつくりだす、というコンセプトでしょうか。生前贈与も生年別共済もそうです。以前企業年金の仕事をしていた時、単純終身年金を年金財政に「翻訳」した時に感じた感覚を思い出しましたが、「取りっぱぐれ」の感覚は、個人所有意識をベースにしている訳で。それはみんなで、という新感覚の広がりに、新しい社会の秩序を期待する、というところでしょう。

齊藤誠「競争の作法」読みました

株も土地も、持ってる奴がしゃんとしろ、という話でした。

2011年3月26日土曜日

C・オットー・シャーマー「U理論」読みました

気持ちがゆらゆらと、気持ちが良くなる内容でした。ポエティックです。
・共始動
・共感知
・共プレゼンシング
・共創造
・共進化
プレゼンシングが「尊重される人間」イメージと重なります。

2011年3月21日月曜日

ティム・マクリーン&高岡よし子「エニアグラム」読みました

エゴグラムにファミリアな訳ですが、印象比較としては。コンピテンシー的という感じでしょうか。CPとかNPとかは、はじめから関係性に近いところで概念設定している、Aは社会適合で、FCが基本的情動か、と考えるとエゴグラムの方がコンパクトかつ網羅的で優れているような気がします。というか、「エネルギー」により照準してる、ということでしょうか。エニアグラムはより「行動性向」に照準してるというか。
だれが、濱野さんのように、「アーキテクチャの生態系」ならぬ「交流分析の生態系」みたいな整理をしていただけませんかね。

藤本隆宏・武石彰・青島矢一「ビジネス・アーキテクチャ」読みました

モジュラーとインテグラルは糾える縄のごとし、でした。
面白かったのは海運業のコンテナ化の話。昔、アメリカで貿易実務やっていたとき、Bill of Ladingってなんか不思議だなって思っていました。荷と有価証券とが同時に走るというのは何なんだと。海を越える貿易というのは大変なことなのだ、いろんなトラブルを乗り越えて結実した知恵があるのだという予感がありました。
米国の内陸→海の一環サービスも思い出しました。何となしに実務をやっていましたが、歴史があるのですね。それにしても、モジュラー化による効率の果実と、全体像の喪失はパッケージ。人間の記憶というのはなんとかならないのだろうか。

2011年3月20日日曜日

水野和夫・萱野稔人「超マクロ展望 世界経済の真実」読みました

この二人の組み合わせにびっくりして手に取りました。期待以上の内容でした。
特に、31ページの△平面⇒三次元への展開図は衝撃的でした。こういう1枚の図で、世界観が一瞬で塗り替えられるので学問は素晴らしいですね。
この図のおかげで、金融制御の術としてのトービン税、もより説得的な言説として腹落ちします。
安宅さんの言葉では、優れた「ルールの発見」力の発現です。なお、内田先生の日本辺境論とのからみでは、まだアメリカとのコンビで、「マスキー法みたいのを、少しづつ教えてもらいながら早くつくってくれ、いっしょうけんめいしゃかりきにやって実行しちゃうから」的な分業分担が、日本にとってはよいのかもしれません。少なくとも環境分野は。
お二人には是非社会保障改革も提言してほしいです。

安宅和人「イシューからはじめよ」読みました

難易度の高いテーマへの取り組みのノウハウでした。
自分では、7~8割がたできてるかなと思う一方、それは即自的感想であり、このように再帰的再現ができるレベルではとてもありません。ということで、自分もまだまだで、挑戦の余地がたくさんあります。
酒井さんの言説と重ねると、「犬の道」への忌避は、「美醜」に基礎を置くものかと。体験的には。というか、全部が「美」なのでしょう。「集め過ぎない・知り過ぎない」も、「変数を削る」も、「視覚化する」も。アウトプット・ドリブンやメッセージ・ドリブンのところになってくると、「協働の美」みたいになってくるわけですが。

2011年3月19日土曜日

酒井穣「リーダーシップでいちばん大切なこと」読みました

著者のオリジナリティが感じられる好著でした。
美醜を価値観ピラミッドの最上位に置くのは、清水祐三先生と同じだと思いました。清水先生は直観的に、シューベルトや「パパゲーノ」や長嶋茂雄や男根崇拝を扱い、論じられていましたが・・。「長嶋茂雄神社」で笑わせてくれる、あれが「感染力」なのでしょう。酒井先生のは、グローバル化の中での「リーダーシップ=よすが」論も含め、リーダー側の心情からのアプローチですね。そういう意味から、「勇気」のところは、受け手からすると、「優しさ」となるのかなと感じました。
「感染」もそうですが、宮台先生のキーワードとの関わりで言えば、「人間には自分が生きる意味が与えられていない」は「世界はそもそもデタラメである」ですし、基本的情動の直視は、「社会」ではなく「世界」との向き合い、ということになるでしょう。

2011年3月12日土曜日

クリント・イーストウッド監督「ヒアアフター」観ました

死への直面、のテーマはアメリカのテーマとなったのだろうか。
フランス人作家役のセシル・デュ・フランス、料理教室の友人役メラニーのブライス・ダラス・ハワード、とにかく女性が素敵です。
しかし、事実は小説より奇なりとは・・10日後に映画よりも遥に恐ろしい津波シーンを見ることになろうとは・・

J・G・バラード「結晶世界」読みました

キラキラと、時間と空間が溶融する、男と女も。

内田樹「街場のメディア論」読みました

「疎遠な環境と親しみ深い環境をとり結ぶ力」を育もう。
「これは私宛ての贈り物だろうか?」と自問し、反対給付義務を覚えるような人間をつくる、これが自主独立+互譲互助を核心とする、尊重される人間に育ち、育てるということ。

野口悠紀雄「日本を破滅から救うための経済学」読みました

現実を丁寧に見れば、物価下落も一様でなく、工業製品の値下がりがサービス製品よりも著しいこと。要素価格均等化定理の影響度の違いを見なければならない。だから国内商売は知恵を出してがんばらなければならない。
厚生年金は勉強不足でびっくり。政府統計の前提を見ていなかったことを恥ずかしく思いました。2033年破綻です。
いろいろな識者が専門家養成の重要性を説いています。野口先生、須東さん、本田由紀先生とそれぞれ角度は違うのですが。

神保哲生・宮台真司「格差社会という不幸」読みました

宮台先生の持論そのものの展開ですが、根拠が説明されている点。
「仕事での自己実現をやめろ」主張と、それが一番読者からの反発が多いことについて。仕事が終わって泡盛飲んで歌ったり踊ったりするのが幸せ、という私の領域の弱さと、その復権が社会的には幸せ感の創出につながるだろうという仮説。これは真面目なサラリーマンには当然抵抗ある。WLの静態的両立バランスではなく、WLの相互作用促進というところに止揚点を見出したい。
あとは「資本論」。「ディーセントな資本主義」の理解→公正な市場均衡は参加者の初期手持量と選考構造で決まる→望ましい選考構造=価値コミットメントで、その埋め込み設計が必要、の理路。わかりやすいのはCSRのPRか。

2011年2月16日水曜日

豊田義博「就活エリートの迷走」読みました

力作と思いました。
合成の誤謬というのでしょうか。よかれの意思と技術の進展が思わぬ事態を招いたというか。「コミュ力」が鍛えられる若い人も必死の結果なのですね。
主観・客観、日常・非日常の人物観察マトリックスは優れていると思いました。
大卒ユニバーサル時代における、求める人物像の再整理、その帰結としての無制約(就社)社員と、職ベース(WLB型)社員への区分再編の方向。
民主主義の成熟の究極形は、仕事も生活も、オープンな姿勢で全体の要求受容と個人人生方針表明を常にリニューアルし続ける独立自治の人間集団か。
縁故の復活みたいな話は、システムが社会全域を覆う中での生活世界の復活の話と同じ論理か。

岩田健太郎「予防接種は「効く」のか?」読みました

不作為過誤か、作為過誤か。禍福は糾える縄のごとし。なるほどの描写はやる気を萎えさせる、これが複雑な世の中になった証左。

2011年2月13日日曜日

ジャコモ・リゾラッティ&コラド・シニガリア「ミラーニューロン」読みました

難解でした。引用ひとつだけ。
「自律的な音声系への変化は、口-咽頭部による動作の制御を司る運動ニューロンが、他者による同様の動作から生成される音に反応して活性化する能力を獲得したことを必然的に意味すると、認めざるをえなくなる。言い換えれば、音声をそれに呼応する調音ジャスチャーの運動表象へ確実に変えるために、ミラーニューロン系はさらに再編成されたのだ。」
ものまねが創造の源泉である、みたいな。

2011年2月12日土曜日

日経ビジネスオンライン「e-Health革命」読みました

IT活用の要諦は距離問題の解決。それと民主主義の成熟への寄与。

2011年2月11日金曜日

角田光代「八日目の蝉」読みました

人を好きになるとは何なのだろうか。男が女を、と女が男を、というのは違う気もして、そこのところもよく描かれている。
ウェーバー先生がこれほど悩んで狂ってしまった問題なのに。現実のわれわれはあまりにも安易。
とても悲しく、とてもおかしい。
この問題への個人差の激しさは、人間が人間たる証左かも。

2011年2月6日日曜日

畑村洋太郎「直観でわかる微分積分」読みました

速度は時間に関わる概念だが知覚しにくい。まして加速度となるとなおさら。
環境変化を感じ取るには、このような概念の道具と記録に頼ることになるが。優れた人は直観で感じ取ることができる。
筆者は昔、MBOを微分、評価を積分と比喩していたが、それはあくまで自己評価で、時間概念付きの、業績累積値のような積分値を人事評価することは困難。それは人事のシステムとは別個の、自身の、そして人の長期・短期の記憶の中に、いろいろな形で沈殿するもの。

鷲田清一・釈徹宗・内田樹・平松邦夫「おせっかい教育論」読みました

鷲田先生が感染に近いお話をたくさんされていました。
それは、すごい一人から一人への、トータル人物像の伝わり、では必ずしもない、ということ。部分エピソード、すなわち、数学の先生の、車の後部座席にお経があった、のお話は、あるエピソードから謎が立ち上がる様子がよく描かれています。これも感染。
へんな人=いろんな、何かを希求している人がたくさんいる、は感染の契機がたくさんある、ということ。

デビッド・フィンチャー監督「ソーシャル・ネットワーク」観ました

天才ではありますけど、やりたい放題の果ての、紛争と富との混沌。それを淡々と描いているのがとても楽しい。
ウィンクルボス兄弟はしょせん目標目線が低かったとか、サベリンはしょせんアルゴリズミスト(そんな言葉あるか?)でしかなかったとか、そんなつまらないことは言いたくないですよね。
だって、それが人生だからしかたない。
だって、そう、やっぱりエリカが好きだから、のラストもいいですね。
エリカ様、はどこの国でも素敵で、えらいのだろうか。

山折哲雄「愛欲の精神史1性愛のインド」読みました

ウェーバーの禁欲と神秘をめぐる苦悩、インドへの関心の射程はつゆ知らずでした。
ガンディーにしても、キリスト教的な悩みの深さ。倉田百三の言説の背景が改めてわかります。
ラストの形而上学的生理学での精液の取扱いにはまいります。
なぜこんなに深刻にとらえられてしまうのだろうかと。

2011年1月29日土曜日

森清「大拙と幾多郎」読みました

この時代の、各階層での相互扶助のあり様がよく描かれていました。安宅産業はつぶれても、良き意思は時代を超えて引き継がれると信じたいです。

2011年1月22日土曜日

鷲田清一「「待つ」ということ」読みました

難解でした。「開かれ」のような境地への到達の、凡人組織人の典型的な努力はPDCAになります。ゲーデルによって証明済みのPの挫折を通じて、自分以外の時間の流れの多様性、すなわち世界はどのようになっているかを学びます。ショートカットが宗教かもしれません。

2011年1月15日土曜日

村上春樹「走ることについて語るときに僕の語ること」読みました

極楽トンボな私は、村上さんだって早朝しか頭は働かないんだからましてや自分はなどと感じてしまいました。
肉体のいろいろなささやきを聴くことのできる才能は稀有だと思いました。

2011年1月12日水曜日

中原淳「職場学習論」読みました

「学び」はそれ自体に焦点を当てすぎると非生産的になる。要は、どんな社会、どんな世界、どんな自然にアクセスし、シンクロするか、その態様のリアリティに迫ることが重要。
そういう観点で、業務支援・内省支援・精神支援の職種別分析は面白い視点。お客様というバウンダリは不可思議さ・理不尽さをいや増す。だから内省支援が重要になる、とか。仮説構築の企画職とかはまた違った様相になるだろう。

2011年1月10日月曜日

神門善久「さよならニッポン農業」読みました

「平成検地」:なにごとも現状把握から出発、は問題解決の基本です。
「人から土地へ」:プラクティカルなルールの設定&継続メンテナンスと参加民主主義。共有財産に対するリスペクトと引き受ける政治。
離農プログラムとアジア連携は、社会との連接確保と、リスクマネジメント。
すばらしかったです。

2011年1月9日日曜日

苫米地秀人「幸せ脳のつくり方」読みました

仮観は目標によるマネジメント。あっちへぶつかり、こっちへぶつかりして、ああでもない、こうでもないとか試行錯誤しながら中観に至る。世界観は空観となる。

山下敦弘監督「松ケ根乱射事件」観ました

で、「スプリング・フィーバー」と同じ延長線で、都市の発展段階みたいなイメージを発動したときに、同じではないかと。日本にもこういう場所があるよねというリアリティの切り取りがすばらしい。これは国際的価値があるのではないか。恥ずかしい気もするけれど、これを正々堂々と押し出すことがグローカル化。

ロウ・イエ監督「スプリング・フィーバー」観ました

南京という町のにおいと空気。ほぼ現時点なので、それがよくすくいとれているのでしょう。宮台先生は「町とセックスする」と表現されてました。それは都市の発展段階論のようなものなのだろうか。

倉田百三「愛と認識との出発」読みました

こういう古典をきちんと読まないといけません。ラジオで触発されて手に取ったのですが、運命的感動でした。
論文の連なりそのものが筆者成長の軌跡になっていること。愛の二つの機能、祈りとたたかい、は現実感があります。隣人としての愛→千手観音は、「千手」の思いと現実制約との距離のせつなさです。「本道と外道」他での「皮肉問題」は、ずっと心にひっかかっていた問題で、どうにも突破するにも恥ずかしさとのたたかいで・・。
肉交は愛ではない、は厳しいです。殺生の罪と肉交の罪。これがキリスト教か、と初めての感覚でした。佐藤優先生の新約聖書を読んでいきます。
「文壇への非難」は皮肉問題の更なる延長考察で、「その感情には何よりも永い感じが欠乏している」の表現が秀逸です。志という言葉よりもさらに本質的なものを射程している気がします。
「人と人との従属」では、人事の今日的世界でフォローアーシップなどと言っている心持ちのもっと本質的で深い部分での、徳の受け入れ姿勢を指摘していただきました。