2010年9月11日土曜日

内田樹「私家版・ユダヤ文化論」読みました

「彼が善意であることも無私無欲であることも頭脳明晰であることも彼が致死的な政治的失策を犯すことを防げなかった。この痛切な事実からこそ私たちは始めるべきではないか。そこから始めて、善意や無私や知力とは無関係のところで活発に機能しているある種の「政治的傾向」を解明することを優先的に配慮すべきではないか。」そうそうそうなんです。

世界の創造に遅れ、のコンセプトは、私は「下流志向」で初めて触れたものです。ユダヤの存在基礎の理路として、この「私家版」の方が先と思いますが、出てきているということはどう理解すればよいでしょう。内田先生の信仰告白ということでよろしいのでしょうか。それとも、釈先生とかの仏教などどとも通低する考え方ということなのでしょうか。
それにしてもすごい知性の書でした。

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