2010年2月27日土曜日

福田和也「人間の器量」読みました

修行せねば・・。
原敬暗殺なかりせば、はプロの歴史の見方だと感じました。
「器」は幅の広さとのお話も印象に残りました。

幸田真音「あきんど」読みました

飛び地領みたいなものがあったと初めて知りました。それで彦根と豪徳寺がつながりました。今度おまいりに行くときには気合がはいるでしょう。近江は、「絹と明察」の舞台でもありましたが、何か縁があるかも。
著者の素敵な熱情が感じられる作品でした。

2010年2月23日火曜日

芹沢一也・荻上チキ編 飯田泰之・岡田靖・赤木智弘・湯浅誠「経済成長って何で必要なんだろう」読みました

湯浅さんはすごいですね。
ほんとに戦ってる人の目線のオリジナリティはすごいなと感じました。正規・非正規の連帯を展望するがゆえの支出問題優先認識とか、生活保護の老齢加算廃止に伴う香典問題とか、生活保護水準を下回ってもなお強い労働イデオロギーとか、食える失業と食えない非正規労働の比較の視点とか。「溜め」という言葉も、もっと噛み締めて理解しようとする姿勢がないといけませんね。

勝間和代・宮崎哲弥・飯田泰之「日本経済復活 一番かんたんな方法」読みました

お金と財と、未来があると思われる方に需要が傾く、そのバランスを均衡されるための金融政策というお話はすごくわかりやすいのですが。どうも「ほんとにそうかなあ」というのが読後感。私も既にデフレに毒されているみたいです。
冒頭の宮崎氏の成熟社会描写で、大きな物語の喪失というのがあるのですが、要はバランス均衡そのものへの関心低下というのがありそうな気がするのですが。ポランニーみたいな、(市場)経済の社会からの退却みたいな。相対取引的なものへの憧憬盛り上がりみたいな。
「じゃあ、あなたは明日から何も買わずに暮らすんですか」はあまりにも極端な切り替えし。たまに物々交換もやってみたいな的な気分が少しづつ広がってきているような事態なのでは。宮崎氏にはもうちょっと突っ込んでほしいのですが・・。「(資本主義の)ゲームの内においての問題解決」に、氏の本音はさほどの関心は無いような気がしまして・・。

2010年2月22日月曜日

C・フェルナンデス・アラオス「人選力」読みました

日本の大企業本社ホワイトカラーの生産性の低さが、肌感覚(といっては失礼かもしれませんが)の欧米比較で語られていたのが印象的でした。さもありなんと。

2010年2月8日月曜日

加藤陽子「それでも、日本人は「戦争」を選んだ」読みました

民法・商法のプラクティカルな重要性をこのような角度から語っていただく経験が若い時にあったなら、もっとリーガルを勉強しようという健全で強い動機がきっとできたのに。栄光学園の生徒がうらやましいですね。
ルソーの重要性は東浩紀先生も触れられていましたね。改めて注目したいと思います。

2010年2月7日日曜日

ボン・ジュノ監督「母なる証明」観ました

人生きれいごとではない、一筋縄ではない、
ということですよね。それを力一杯描いているので鬼気せまる作品になっている。

2010年2月6日土曜日

佐々木俊尚「2011年 新聞・テレビ消滅」読みました

コンテンツ・コンテナ・コンベアの三層構造の捉え方は、「ものづくりは設計情報の媒体転写」と整理する藤本先生の立論と全く同じですね。そこにオープン・モジュラーへの動きを重ねれば理解できるわけです。
考えてみれば、大地域小売業とはプラットフォーマー戦略と言えるかもしれません。チラシのShufoo!の話などはまさにそれですよね。エネルギー供給はパースペクティブが大きいのですが、日本の各地域という視座でプラットフォームに相当するものを新たに構築できないでしょうか。
あと、やっぱり大事なのはコンテンツだよということで、お次の話は・・。

あと、ボブ・ディランも息子の方が有名になっているとは、自分も年をとったものだと感じました。