2009年4月18日土曜日

水村美苗「日本語が亡びるとき」読みました

凡人にとって普段その存在に無自覚な言語の機能をこのように巨視的に捉える、見事としか言いようがありません。
「叡智を求める」はいいですね。「叡智を求める」人々の欲求の普遍性とか顕在性、水準といったものがよく問題になるのだと思います。水村さん(や東さん)は、「叡智を求める」人の割合について、減っているとかの危惧は持っていらっしゃらないのではと思います。気づいた人が、より自覚的に振舞うということでしょう。
宮台さんや東さんが最近アメリカに行かれたのは、何かシンクロするものがあるのでしょうか。
「環境管理権力」概念の英語での輸出とか。彼らがレッシグ的存在になる時、日本の多くの一般ピープルは見捨てられていくのだろうか。

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